取消し得る行為に関する諸規定
 一たび成立した法律行為に対しては、成立によって生じた法律効果を失わせる「取消し」が許される場合があります。行為能力の欠如を常況としている成年被後見人が、(たまたま意思能力をもった時に) なした行為の取消し(民法9条)、未成年者の、親の同意を得ぬままにした行為の取消し(民法5条2項)、又は、保佐人による保佐や補助人による補助を受けている人が、保佐人或いは補助人の同意を得ぬままにした行為の取消し(民法13条4項17条4項)、或いは、後見人が後見監督人の同意を得ぬままにした営業行為や重要財産行為(864条)の取消し(民法865条1項)等がその例です。但し、これら制限行為能力者が、行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことはできません(民法21条)。能力者であると言って 偽造文書を提示したとか、積極的に虚偽事実を告げた場合は 当然 詐術を用いたとされます。しかし、詐術を用いたか否かの認定の境界は微妙です。未成年者が単に成年者であると告げるだけであれば、詐術には当たらないとされる場合が多いのに対し、被保佐人については、逆に当たるとされ勝ちである等と指摘されています。要は、その事案の具体的な経緯や事実関係の中での個別判断となります。この認定についての後記参考判例があります。
 そして、未成年者と成年被後見人については、親権者、後見人がいずれも
法定代理人(民法824条859条1項)として、また、被保佐人・被補助人については、保佐人・補助人が同意権者として、いずれも民法120条1項により、本人の行為について取消権を与えられています(以前明文がなかったため争いがありましたが、平成11年の改正で「同意権者」に取消権が与えられました)。上の最後の例の後見監督人の同意権は、後見人の能力制限に原因するものでないので、監督人には取消権が与えられていません 。そして、監督人以外の、いずれの場合も保護者の立場の者たちは、合わせて、取消権を放棄する実質をもつ追認権も有します(民法122条)(ですから、成年被後見人以外の被保護者の人たちは、いずれも保護者の同意権に基づき、予めの同意により自ら法律行為を行う能力がありますが、成年被後見人だけは、たまたま意思能力を有していたときの法律行為について追認により有効とされることはあっても、予めの同意に基づいて自ら法律行為を行うことはできません。)
 そのような同意を欠く法律行為については、その取り消しうる行為の相手方においても、取消しの不安を払拭するため、未成年者、被保佐人・被補助人に、或いはその上記各保護者らに、「追認」をするかどうか確答するよう、一か月以上の期限を定めて
催告することができます。期限までに確答がない場合は、追認したとみなされます。但し、追認の結果を得られるのは、行為の本人に催告する場合、その本人が成年となり、或いは保佐・補助が終了する(具体的には保佐開始、補助開始の審判の取消しがあった後ということになります)等、行為能力の制限が解消した後でなければなりません(民法20条1項、2項)。被後見人の行為についても、同様に、相手方は、本人に対する能力回復後の催告、或いは後見人に対する催告により、上記同様、追認のみなし効果を得ることができます。
 保佐・補助を受けている人に催告する場合、保佐人・補助人の追認を得るよう催告することもできますが、期限内に確答がないときは、その行為を取り消したものとみなされます
(20条4項)。又、後見監督人の同意を得なければならない(民法864条)のに、その同意を得ていない行為についても、同様に監督人の同意を得るよう後見人に催告し、確答がないときは、取り消したものとみなされます(20条3項)
 要するに、期限徒過の無確答の場合、催告の相手方が追認をすることができる者であれば、追認とみなされ、そうでないときは、取消しとみなされることになります。
 この取消しと区別しなければならないものに、「
撤回」があります。撤回は、例えば、遺言の撤回(民法1022条)のように、行われた行為が効力を発生する前に、その行為自体を引っ込めて、なかったことにするもので、これについては、相手方に対するそれ以上の措置を伴いませんし、相手方の催告等の余地もありません。
 法律行為は、取消しにより、行為時に遡って無効となります
(遡及無効)(民法121条)。したがって、取消時までに受領したものがあれば、その返還をしなければなりませんが、その場合は、その制限行為能力者の善意・悪意を問わず、(損害の全部を賠償するのでなく ) 現に利益を受けている限度で返せば良いとされています(民法121条但書)(現存利益の返還)。追認は、上記のとおり、取消権の放棄の実質をもち、第三者の権利を害することはできない(民法122条但書)とされていますが、一応有効であった行為について、取消権を放棄して確定的に有効とするについて第三者の権利を害することはあり得ないから、適用場面が殆ど想定できないと言われています。
 
取消し、追認の方法については、相手方に対する意思表示による
(民法123条)とされ、また、追認は、取消原因が解消した後にしないと有効ではなく、成年被後見人は行為能力を回復し(具体的には後見開始の審判の取消しがあった後ということになります)、当該行為を了知した後でなければ追認することができない(民法124条)とされています。
 
当該の法津行為について、追認できる時以降に、全部又は一部の履行、履行の請求、更改、担保の供与、当該行為で取得した権利の全部又は一部の譲渡、強制執行があった場合は、特に異議をとどめてしたとき以外、その行為を追認したとみなされます
(民法125条)〔法定追認
 
取消権は、取消しの原因状況が消滅してのち、追認のできる時から5年間行使しないと
時効により消滅しますが、追認できる時が到来する前に当該行為の時から20年が経過した場合も消滅するとされています(民法126条)



  取り消されるか
されぬのか

     焦れ
20る相手の催告に、

  (追認権を有する者が)確答せずば‘みなされ’の追認あるも

    取り消して遡及無効
(と現利返還)一対121

    相手安堵に
122追認なすは一つさ123(相手に対し)意思表示


 追認のできるはいつよ
124の要件(取消原因解消後)

  
(を具備する必要等)(回復して)安堵後125

  履行・請求・執行・担保
(提供)

  (取得物の)譲渡・更改(等の事実で)


  法定
追認あるも、

  取消しにいつも
126気になる消滅の時効

   (回復してから)
五年(行為から)二十年
 


無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない旨判示した判例(最判昭44・2・13)
 この判決は、その理由を「思うに、民法二〇条にいう「詐術ヲ用ヰタルトキ」とは、無能力者が能力者であ ることを誤信させるために、相手方に対し積極的術策を用いた場合にかぎるものではなく、無能力者が、ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起 し、または誤信を強めた場合をも包含すると解すべきである。したがつて、無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが、無能力者の他の言動などと相俟つ て、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、なお詐術に当たるというべきであるが、単に無能力者であることを黙秘していたことの一事を もつて、右にいう詐術に当たるとするのは相当ではない。これを本件についてみるに、原判示によれば、Dは、所論のように、その所有にかかる農地に抵当権を設定して金員を借り受け、ついで、利息を支払わなかつたところから、本件土地の売買をするにいたつたのであり、同人は、その間終始自己が 準禁治産者であることを黙秘していたというのであるが、原審の認定した右売買にいたるまでの経緯に照らせば、右黙秘の事実は、詐術に当たらないというべきであ る。それ故、Dが、本件売買契約に当たり、自己が能力者であることを信ぜしめるため詐術を用いたものと認めることはできないとした原審の認定判断は、相当とし て是認できる。」と述べています。